女性が子どもを産める年齢! [妊娠初期]
卵巣茎捻転とは?
子宮との間にある2本の靭帯で支えられている卵巣に腫瘍などができ、その腫瘍の重みによって捻れることを言う。卵巣が捻れると突然の強い下腹部痛や吐き気などに見舞われ、ねじれが強いと卵巣への血液が送られなくなり、卵巣が壊死する危険があるため、緊急の手術が必要になることもある。
排卵とは?
女性には二つの卵巣があり、産まれときに卵子のもとである原始卵胞が数百万個もストックされている。思春期になると原始卵胞は成熟卵胞となって、1カ月に1個ずつ(まれに数個)卵子を排出する。このことを排卵と言う。
女性が生涯で排卵する回数は?
排卵は、卵巣の重要な働きの1つであり、左右の卵巣から交互に排卵されることが多い。稀に片方から続けて排卵されることもあり、女性の生涯の中で数百万個もの原始卵胞のうち、成熟卵胞になるのは、せいぜい400~500個と言われている。
つまり女性が妊娠するチャンスは400~500回あり、年数にすると30~40年間である。
成長が早い女性なら13歳くらいから妊娠することができ、そこから30~40年間と考えると43~53歳で閉経する計算となる。
ただし、妊娠してから出産するまでの間は排卵が止まるので、子どもを多く出産した人ほど、閉経年齢が遅いと言える。
安定期直前に卵巣茎捻転と診断される! [妊娠初期]
119番要請!
私は急いで携帯電話を手にしたが、あることを思い出した。
以前、テレビで放送していた正しい救急車の呼び方。
急ぐがあまり、救急車の到着が遅れてしまえば本末転倒である。
119番に通報し、妻の現状を冷静に話すように心がけた。
少しすると、遠くから救急車のサイレン音が聞こえてきた。
私は救急車を誘導するために、外へ出ることにした。
救急車が到着し、降りてきた救急隊員から、
『天使パパ~』
と呼ばれた!
その救急隊員は、社会人サッカーチームのメンバーで昔から可愛がってくれている先輩だった。
『知り合いが来たことで、ほんの少しだがホッとした・・・。』
妊娠初期の吐き気とちくちくした腹痛! [妊娠初期]
甘くない現実!
切迫流産の危機を脱出したと思いきや、新たな試練が私たちを襲う・・・。
あの日は妊娠15週に入ったばかりで、安定期まであと1~2週間だった。
妻の行動範囲はベットの上のみで、安定期に入れば、もう少し自由に身体を動かせることができる。
妻にとっては、それが楽しみだったようだ。
今は安定期までおとなしくして、お腹の赤ちゃんをしっかり守ることに専念していた。
切迫流産の危機を乗り越えたことで、出産まで何事もないと思っていた。
もし何かあるのなら、「この危機は乗り越えられなかったはずだ!」と過信していたのかも知れない・・・。
『実際、現実は甘くなかった・・・。』
妊娠初期に夫が気をつけることは? [妊娠初期]
両親のありがたみ!
私の妻はひとり娘。
両親から溢れるほどの愛情をそそがれて育っている。
そんな妻に言われた言葉が頭から離れない・・・。
『両親が居れば、いい訳じゃない!』
両親の愛情に飢えていた私には贅沢な話。
子どもにとって親が居ないことが、どれだけ不自由なことか分かっていない。
家に帰れば部屋は暖かく、温かい夕食を食べられる。
熱いお風呂に入り、フカフカの布団で眠ることだってできる。
一般家庭では、これが当たり前の生活だが、世の中にはそうじゃない家族も存在する。
『実際、私の幼少期がそうだった・・・。』
だから、両親に対して悪態をつく妻を見たときは、「甘えるな!」と思ったことがある。
切迫流産の原因はストレスなのか? [妊娠初期]
切迫流産とは?
妊娠初期から妊娠22週までの下腹部の張りや痛み、性器からの出血によって流産をしてしまうこと。切迫流産になる原因は大きく二つあり、「母体側に原因があるケース」と「胎児側に原因があるケース」である。
母体側に原因があるケースとは?
・絨毛膜羊膜炎などの感染症
・クラミジアなどの膣炎
・子宮頸管無力症
・子宮の異常(子宮奇形・子宮筋腫など)
・母体年齢や喫煙者の場合も、一つの原因として考えられる。
胎児側に原因があるケースとは?
・多胎妊娠
・羊水過多症、羊水過少症
・子宮の異常(子宮奇形・子宮筋腫など)
・前置胎盤など
切迫流産で出血の症状、妊娠初期のピンチ! [妊娠初期]
結婚式!
私たちの結婚式は、予定より少し遅れていた。
人気のある結婚式場で、予約が取りづらい状況だった・・・。
しかし、この式場を熱望していた私たちは、辛抱強く待つことにした。
他の式場とは違い、自分たちで結婚式をプロディースできるのが魅力だった。
結婚式までの一年間は、本当に遊びまくっていた。
新婚旅行でハワイに行ったり、休みさえあれば道内各地へと旅立った。
結婚式までが長かった分、準備期間は納得がいくまで打ち合わせをした。
お陰様で大満足の結婚式ができた・・・。
しかし、私たちは少し生き急いでいたのかも知れない・・・。